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2016年07月28日

お鶴の笑い声 が中から聞こえてきた


 
店を出て、しっかりした足取りで布商人に教え
てもらった家までたどり着くと。男の声も聞こえた。男
は漁師をやっているとのことだった。
明朝には舟を出すと聞いていたが、それまで待
てなかった。家の陰で身を潜ませているうちに
やがて人声は静まり、カッタンコットン、あの
懐かしいはた織りの音が中から聞こえてきた。
たまらずおじさんは指先を舐め障子に覗き穴を
開けて片目を押し当てた。
 
そこには自分の妻の姿があった。鶴ではなかっ
た。部屋の奥からは大いびきも聞こえてきた。
男のものだ。
言いようのない嫉妬を覚えた。(俺は我慢でき
ずお鶴のはた織りを見てしまったが、ここの男
は堂々としてる。きっと自身があるのだろう)
けど一方で、(自分には見せていた本来の姿を
こっちの男に見せていないのなら、自分にだけ
心を開いているということか)、とも思えた。
ここへ来てまだ期待を捨てきれない自分が阿呆
らしくもあり、そうでも思わないと押しつぶさ
れそうだった。
ローソクの灯りに照らされたお鶴の顔はまるで
別人のように冷たく見えた。声をかけようとし
ては思いとどまる、そんなことをくり返してい
るうちにとうとう東の空が白み始めた。
と、部屋の奥から男が起き出してきた。若くて
たくましそうな男だった。おじさんは覗き穴に
当てていた目をしばたいた。男と女が目の前で
抱き合ったのだ。
 
ことの後で男は、乱れ髪を直している女に向っ
て約束した。
「桃の花の咲き乱れる頃には戻るから」、と。
(そうか!)
目から鱗だった。
(この漁師こそが女の夫であり、女はだんなが
遠い海の漁で留守をする半年間、淋しさを紛ら
わせるために自分の元へやって来ていたのか。
それで鶴だ、渡り鳥だなんて嘘をついたのか。
だが、毎晩俺の見ていたのはたしかに一羽…)
いくら問うても答えなど出なかった。蛇使いに
酒を六杯飲まし買い取った籠の中のマムシも、
おじさんの足元で黙りこくっていた。
 
          ◇
 
時はもう秋の入口に来ていた。ススキの穂が心
なしか彩りを失い始めていた。お鶴は約束通り
南の大島に戻って来たが、そこはもぬけの殻。
けど北の島の家へはもう戻らぬつもりだった。
戻ったってもう誰もいないのだから。
出港して間もなく舟は、還らぬ人となった北の
夫を乗せて漂流した。男の黒髪は真白になり同
じ人と思えぬほど皺だらけだった。医者の話で
は、マムシの毒にやられたんでは、ということ
だった。
お鶴はおじさんの行方をひたすら探し、積もっ
た雪も解け、桜に葉が出て蝉が鳴きコオロギが
鳴き、いろんな土地を歩いて回ったがおじさん
を見かけたという人はなかった。翌年も翌年も
旅をし続け、いつしかお鶴は見る影もない老婆
になったとさ。
〈 お し ま い 〉
 
【余談】
ところで北の島のことを北の島の住人はそう呼
んでいたから私もそうしたが、南の大島に住む
人々はこの島のことを「浦島」と呼んだ。浦島
と言えばもちろんあの話だ。開けてはならない
フタを開けた野郎が三百年ワープしたというあ
のどこか妙な話だ。困っていた亀だか鶴だかを
助けてそんな目に遭うなんて、オムニバスかっ
てぐらい話の筋がはちゃめちゃで現代でもその
謎は解明されてない。
そういえば浦島の山寺には、檀家(だんか)を
集めて昔話をするのが好きなことで有名な和尚
がいるらしい。和尚はかつて南の大島から浦島
へ移り住んだそうだがそれももうずいぶん昔の
ことだから、彼ならこの謎の真相を知っている
かも。。。  


Posted by catcosy at 19:05Comments(0)織りの音